箒を持った女
episode Ⅲ
【箒を持った女】
突然の雨。
風は南方より吹き荒れ大樹をも揺らした。
そして10分程で突然やんだその雨は、未知の大きな力を持つ者の
悪戯のようにさえ思われた。
見上げれば、南西の空に虹が架かっていた。
10年ローンでようやく手に入れた愛車のキーを回し、
虹の架かる方向へとアクセルを踏む。
国道179号線を南下した場所で温泉宿を見つけた。
自動扉の玄関から足を踏み入れたが、人の気配がない。
するとハラリと暖簾をくぐり四十半ばの男が出てきた。
「いらっしゃいませ~」
やや髪が薄くなっているが、なかなかの男前だ。
入浴料を受け取るその男の手は濡れていた。
人の気配がなかったのは、便所にいっており慌てて戻ってきたのかも
しれなかった。
そして、髪の毛と同じように薄く笑顔をつくっている。
大か小かは不明だが、よほど我慢をしていたのだろう。
ぎりぎりセーフの安堵感が表れている。
中庭には滝が流れていた。
箒を持ち、掃除をしている女はハナミズキの落ち葉を集めていた。
六十才は過ぎているだろうと思われるが白髪はないようだ。
枯れ葉が一枚、頭に付いている。
キツネが化けてる?
つまらぬ思考で独笑し、中庭を過ぎ引き戸を開けた。
左下方に視線を向けた。
そこには、丸石に伏せるウサギがいたのだ。
もちろん本物ではない、御影石の彫り出しものだ。
何年もの時をこの場所でで過ごしたのであろう。
やや黒ずんだウサギは、見えない権力と地位により
‘この場所’を得たのかもしれない。
「○○ちゃんよ」
箒を持った女が私の横を通り過ぎながら言った。
だがちょうどその時、また南方からの強い風が吹いたのだった。
中庭の楠の木の葉がぶつかり合う音で、名前の部分は風とともに去っていった。
箒を持った女はもういない。
私の足元に落ちている落ち葉は、その女性の頭に付いていたものなだろうか・・・
浴槽の上部は、継ぎ目のない桧で囲われていた。
その桧を枕に全身を湯に浮かべた。
そしてゆっくりと目を閉じた。
昇気する頭によぎったのは、あのウサギだった。
あの石のウサギは何という名前なのだろう。
ゆっくりと瞼を開け、南西の空を見上げた。
まだ虹が架かっていた。
【問題】
中庭のウサギの名前は何ていうでしょう?
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ベルが鳴る
episode Ⅱ
【ベルが鳴る】
AM7:00
枕元のベルが鳴った。
布団を蹴り伸びをする。
右足のふくらはぎが少しつった。
起き上がると浴衣は完全にはだけており、帯一本が情けなく垂れ下がっている。
毛むくじゃらの、へその周りを見ると口をへの字に曲げたおっさんが
腹にもいるようだ。
障子戸を開けると、すでに太陽はギラギラとしていた。
雲一つない空だ。
青い空には東に向かう飛行機が小さく見えた。
浴衣を直し、タオルを肩に引っ掛け大浴場に向かう。
一人の男が前から近づいてくる。
「おはようございます」と言う声は頭上から放たれた。
その従業員は背が高いのだ。
メタボという言葉と正反対の体躯である。
たぶん未来予想図にも腹の出た中年おやじの頁はないだろう。
薬指にはめた指輪が朝陽に照らされキラリと光った。
既婚者か・・・
爽やかに気取っているが、どうせ家では嫁に尻を敷かれているだろう。
いや、そうであってほしいのだ。
男前な従業員に嫉妬している。
私は「おはよう」の言葉を返すまでに、これだけの事を考えていた。
大浴場へ続く扉を開けようとした時だった。
木枠の行灯の上に、小さなだるまが置いてあることに気がついた。
それは同じく小さな座布団に身を沈め微笑んでいる。
全身を洗い、鏡に映った自分を見つめる。
腹にはやはり、口をへの字に曲げたヒゲ面のおっさんだ。
シャンプーは入念にする。
人間の髪の毛は平均して10万本と言われている。
私はその内の何10%を失い、そして失いつつあるのであろうか・・・
Stop! Hair halls out.
石造りの露天風呂に浸かり、頭皮のマッサージを繰り返す。
そして目を閉じた・・・
毛根にも届くよう静かに大きく呼吸をした。
ふと頭によぎったのは、先ほど見たツルピカ頭のだるまだった。
確かオレンジ色で、腹には‘元気’と書かれていた。
そう言えば誰かに聞いたことがある。
「七つのだるまを見つけると幸せになる」
本当なのだろうか?
それは七つのだるまを発見した者にしかわからないのだろう・・・
AM8:00
二度目のベルが鳴った。
朝食の時間だ。
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岡山県湯郷温泉の旅館
「花の宿にしき園」
四季折々の料理と極上の癒しを